« July 2006 | Main | September 2006 »

August 27, 2006

うらしまたろう~日本語の響きが沁みいる絵本

 日本人なら誰でも一度は聞いたことのあるこの話、私にとっても馴染み深い話なのですが、これっていう本に出会えなくて今まで書きませんでした。この本は「こどものとも」から出ていたのに今までなぜか手にすることがありませんでした。いざ、手にとってみて読んでみると、これがいいんです。

 水彩画のような素朴な絵もなかなかなのですが、なんといっても文章。まるで常田冨士夫さんの声で語りかけてくるようで日本語の美しさを感じます。

 子どもの頃に知っていた話では、乙姫は亀を助けたお礼に太郎を竜宮城へ招待するのですが、この本では助けた亀=乙姫で太郎は別の亀に乗って竜宮城へ行きます。御伽草子によると亀=乙姫説が正しいようで太郎と乙姫の恋愛関係をほのめかします。この絵本では太郎は乙姫の婿になるとはっきり書かれていました。

 ある説によると竜宮城は遊郭、乙姫は遊女。太郎は売れっ子遊女のヒモになりのらりくらりと暮らしていたが、男として魅力がなくなったころ、ポイと捨てられたんだとか。なんとなく納得。
 
 それはさておき、この絵本は是非声に出して読んでみてください。日本語の響きが身に沁みるようです。


 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 20, 2006

そらいろのたね~ひとり占めはわるいこと?

 ひとり占めはだめだよ。みんなで分かち合おうね。という大変わかりやすい主題の入ったこのお話、ほとんどの人は国語の教科書でお目にかかっていると思います。かわいらしい楽しいお話なんですが、今回ちょっと引っかかる疑問を投げかけたいと思います。といっても山脇・大村の《ぐり・ぐらシスターズ》を非難しようなんてことは毛頭思ってません。

 さて、もしもの話なんですが・・・もしもきつねが飛行機とそらいろのたねを交換しないで、誰にも知られずひとりでそらいろのたねを植え、誰にも知られずひとりで遊んでいたのなら、何も問題はなかったんじゃないでしょうか。

 ゆうじも ひよこ、ねこ、ぶたがそらいろのいえに入った後自分も参加しましたが、もしも自分の入れる大きさになる前に誰かが来なければ、ひとりで遊んでいたかもしれない。そしてその後友達を受け入れたかどうかもわからないですよね。

 そらいろのいえは降って沸いたようにできてしまったので、だれのものと特定することはむずかしいのですが、もしも現実に苦労して建てたマイホームに「ひとり占めしないで、みんなで分かち合おう」と近所の人が乗り込んできて、まるで自分の家みたいに振舞ったりしたらたまらないですよね。

 子どもだって中学生くらいになると自分の部屋がほしくなります。誰にも邪魔されず自分が好きに使えるスペース。自分のテリトリー=領域を得られることってうれしいことでもあるし、みんなが持っている本能なんですよ。動物の世界だって縄張り争いはあるんですから。

 領域は空間だけの問題じゃありません。仕事においても自分がその会社の中でどういう役割を果たすのか明確にわかっている場合は、その会社はとても働きやすい会社になります。反対に自分の役割があいまいだとその会社にいるのがとても居心地悪くなります。

 完全な自由などありえないけど、ある程度自分の判断で好きに動かせる時間や空間。人間は皆自分の領域を求めていて、それを得るために日々がんばっているんです。いい社会とは万人に領域が与えられ、そしてそれが保証されていることなんだと思います。

 欲張ってそらいろのいえをひとり占めしたきつねくんは最後に痛い目にあいます。もしもそらいろのいえがダンボールくらいにしかならなかってら、ひとり占めもそんなに咎められなかったかもしれません。ところが、町じゅうの子どもや森じゅうの動物たちが入れるくらい大きくなったそらいろのいえはきつねだけの手に負える存在じゃなくなっていたのでしょう。

 自分のサイズに合わない領域を求めると、あまりいいことはないのかもしれません。


| | Comments (4) | TrackBack (0)

August 04, 2006

とくべつないちにち~お面の持つ力

 かわいらしい絵本に出会いました。絵もなかなか素敵です。アルノはその日はじめて学校へ行きます。学校へ行くのもはじめてなら、ともだちと会うのもはじめて。はじめてずくしの学校にアルノは動揺し緊張します。

 工作をする時、アルノは本当は絵が描きたいなと思います。そうなんです、社会というのは自分がやりたい時にやりたいことができるとは限らないんです。決められたことは嫌でもやらなきゃならないし、みんなが同意してくれなければ自分の意見もなかかな通りません。学校とか幼稚園とかいう所は、そういう社会(他人)との付き合い方を最初に勉強するところなんですね。

 でも、これまで何でもかんでも自由にできた子にとっては、相当に疲れる体験でしょうね。アルノもおうちへ帰りたくなってしまいます。

 そんなアルノをお友達と結びつけてくれたのがオオカミのお面。最初見たときは怖かったくせして、オオカミのお面を被ったとたんお友達が怖がるのが楽しくなってしまいます。自分の順番が終わってももう一回オオカミをやりたいと言うアノル。先生も快くやらせてくれました。

 こどもって《ごっこ遊び》がすきなんです。お面を被らなくても、仮面ライダーやプリキュアの役を演じることで現実から開放されてたのしい気分になってしまいます。アルノの場合もみんなの中に入ってどうしていいのかわからない情けない自分から開放されたんですね。

 実はおとなになってもさすがに《ごっこ遊び》はしませんが、本や映画の中の登場人物に感情移入したり、頭の中で勝手な想像をすることによって、《ごっこ遊び》と同じ社会と自分自身とのズレを修復しているのかもしれません。

 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« July 2006 | Main | September 2006 »