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April 03, 2006

キツネ~傷ついたものたちの息遣い

 ka-3さんのブログ かあさんのお話ダイアリーで紹介されていた絵本です。

 羽に火傷をしたカササギがイヌに助けられる。イヌは手厚くカササギに面倒をみる。最初は投げやりになっていたカササギも次第に打ち解けてくる。飛べないカササギをイヌは背にのせてカササギの羽になり、カササギは片目の見えないイヌの目になる。二人でひとつの共同生活が静かに営まれる。
 
 そこへ部外者キツネが現れる。カササギは拒否反応を示すがイヌは快く受けいれる。キツネはカササギに自分はイヌよりももっと早く走ることができる、自分と一緒に行こう、とそそのかす。カササギはイヌを置いては行けないと断るが、三度目には承諾してしまう。

 キツネはほんとうに風のように速く走った。カササギはしばし感動を覚える。キツネは焼け付くような赤い砂漠で立ち止まり、カササギをそこにふりおろした。
 「これで、おまえもあのイヌも、ひとりぼっちがどんなものかをあじわうことになるだろうさ」
そう言い残しキツネは行ってしまう。

 焼け付くような砂漠で、カササギはこのまま死んでしまえば、かえって楽かもしれないと思う。その時、ひとりぼっちになったイヌの姿が目に浮かび、長い道のりを跳ねながら帰っていった・・・・


 最初にka-3さんの記事を読んだとき、「怖い」と思いました。古くから伝わる御伽噺のパターンでは、キツネの誘惑に負けて連れ出されたカササギはキツネにパクリと食べられて・・・おしまい。となるでしょう。

 ところがこのキツネは食べる(死を与える)代わりに「孤独」を与える。恐ろしいですね。食べるという行為は食べられた側には確かに「死」を意味しますが、食べる側はそれで命を繋ぐのです。生きるための手段です。しかしこのキツネのように他者に「孤独」を与えたところでじ自分には何の利益ももたらさないのに・・・あえてそんな事をするキツネの心は相当に病んでますね。

 実際本を手にとってみると、また違った面が見えてきました。キツネの描写は創造していたよりもあざやか。
 
  赤いふさふさの毛皮をまとって、あたりをうかがうような目つきをして、
  まるで炎の舌のように、子と木のあいだを ちらしら ゆらゆら。

  夜になると、ほら穴じゅうに、キツネのふりまくにおいがひろがる。
  なかよしたちへのねたみやうらやみ、ひとりぼっちのほこりとかなしみが
  ごちゃまぜになったへんなにおい・・・

 人間でも嫌なやつほどなにか人を惹きつける魅力があったりするものですが、このキツネにもなにかしら他者を惹きつけるものが感じられます。またイヌの無類の人(?)の良さやカササギのしたたかさ。互いに傷を負った弱い立場の者同士が懸命に生きてる姿に胸を打たれた。

 キツネだけでなくイヌの表情も実はこわい。全体的に荒涼とした雰囲気の絵も魅力的だが、手書きの文字が縦になったり横になったりしているレイアウトも面白い。

 

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