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March 19, 2006

はなさかじいさん~元祖:迷惑な隣人による被害白書

 日曜日の昼下がり、どこからともなく布団をたたく音が聞こえてくると「あっ!引っ越せババアだ」と息子が反射的に言います。布団をたたきながら引っ越せ引っ越せと叫んでるオバサンの醜態は確かに衝撃的でした。

 日本は住宅が密集しているから、どこの町内にも嫌いまでいかなくても顔を合わせたくない人の一人や二人はいるんじゃないでしょうか。そもそも好きで近くに住んでいるわけじゃなく、たまたま近くに住んでいただけの人たちと上手く付き合っていくのはなかなか骨の折れる作業だと思います。

 昔話に出てくる隣のじいさん、ばあさんというのもケチでずるくていじわると相場が決まってます。その最も代表的なのが「はなさかじいさん」に出てくる隣のおじいさんでしょう。

 民話ゆえに話の細部はさまざまなパターンがあるのですが、おじいさんとおばあさんが可愛がってた白いイヌのポチが、ある日「ここ掘れワンワン」と指し示したところを掘ってみたら大判小判がでてきて、おじいさんは一躍金持ちに。このポチももともと飼われていた説もあれば、「ももたろう」の桃みたいにおばあさんが洗濯していると川上から流れてきたという説もある。

 次に、隣の欲張りじいさんが強引にポチを連れて行って宝のありかを教えさせたが、ポチが示したところからは宝どころかガラクタが出てきて、怒った隣のじいさんポチを殺してしまう。

 その後、ポチを埋めた所から大きな木が生えてきて、その木で作った臼で餅を搗いたら餅が小判になった。そこで隣のじいさんがまたまたその臼を借りて餅を搗いてみたが小判にはならず、怒ってその臼を焼いてしまう。

 ここでも臼を焼いた灰をばら撒く説と、ポチの遺体をいきなり焼いた灰をばら撒く説が存在します。そして、その灰が風に飛ばされあたりに季節はずれの花を咲かせ、たまたま通りかかった殿様がそれを見て感心し、おじいさんに褒美を取らせます。またまた真似して灰をばら撒いた隣のじいさん、一向に花は咲かず却ってお咎めを受ける始末に。

 それにしても、おじいさんとおばあさん よくこんな厚かましい隣人に耐えていたと思う。子どものいないおじいさんとおばあさんにとってポチは子ども同然の存在。そんな可愛いポチを殺されただただ耐えているなんて・・・
あまりにも人がよすぎます。差し詰め今だったら訴えて損害賠償を請求できますね。

 お話の世界だからおおげさに書かれているのでしょうが、人間関係って確かに理屈じゃ片付けられないものがあります。力関係っていうんでしょうか、強く出れるものとそれに従ってしまうもの。そこに理論とか法則とかは存在しないんです。それが人の世の不条理というんでしょうか

 その力関係というのも、相手が変わると強い立場にも弱い立場にも変わってしまうものなのです。誰に対しても強く出られる、またその反対もありえないんですね。

 力関係だけじゃなく、人間誰かの前ではいい人でも、誰かの前では嫌な人になってしまうことも確かなんです。はなさかじいさんもお話の中ではいいおじいさんですが、特定の誰かに対してはとても嫌な印象を与えているのかもしれない。反対に隣のじいさんも はなさかじいさんに対しては嫌な人でしたが、他の人の前では案外好感度じいさんなのかもしれない。

 ここで隣人という存在をもう一度考えてみよう。家族は必然的な集合体だが隣人は好むと好まざるに関係なくそこに存在する。見たくなくても視界に入ってしまう存在。しかも家が近ければ近いほど無碍にはできず、ま、いってみれば最も煩わしい存在なのかもしれない。お話の中で隣人を悪者にすることで、昔の人は人間関係のストレスを発散させていたんじゃないでしょうか。

 

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